【美都子】
「陽が沈むの、遅くなったよね〜」

【理】
「うん」

【美都子】
「先週はさ、家に着く前に真っ暗だったよね。で、先月はさ、リストラさん迎えに行く頃には真っ暗だったよね」

【理】
「そうだったっけ…
あの頃は帰り道いつもぐったりしてたから覚えてないなぁ」

【美都子】
「やっと慣れたみたいだね、ご飯の匂い。あはは」

【理】
「笑い事じゃないって…最初は本当に辛かったんだから」

二人で歩く、テラスハウス陽の坂への帰り道。

美都子ちゃんの自転車を僕が押す代わりに、美都子ちゃんは、自由になった手を振りながら、色んなことを、のべつまくなしに話す。
面白かったこと、楽しかったことだけじゃない。
つまんなかったこと、何もなかった日のこと、僕へのお小言、天気、星座、何でもござれ。
そんなふうに、かつてお母さんと一緒に帰った道を、僕とともに歩いてる。

【美都子】
「おばちゃんたちと仲良くなった? あの人たち無駄話に付き合ってくれる人に優しいからね。そういう人付き合いもきちんとできてる?」

【理】
「そっちもだいぶ慣れたよ。持ってこられた縁談が7件…今は結婚なんて無理だって言っても聞きやしない」

【美都子】
「ぷっ。そうだったそうだった。橋本さん、あと一組で100カップル成立なの。今は誰彼構わず声かけてるんだって」

【理】
「勘弁してよ…僕が頼みごと断るの苦手って知ってるだろ?」

僕が、駅前の弁当屋でアルバイトを始めたのは6月の初め。仕事をなくしてアパートに戻ってきて、三日目のこと。
もともと美都子ちゃんも働いていたお店だから、彼女の紹介だけであっさり雇ってもらえること。
昼過ぎからでも大丈夫だから、午前中は仕事探しに時間を割けること。
苦手なご飯に毎日接することで、少しでも偏食を克服できるかもしれないこと。…僕としてはちょっとだけ遠慮したかったけど。
それから…これが一番の理由だなんて、お互い言わないけれど。
好きな時間に上がれるから、美都子ちゃんのアルバイトの帰りに、時間を合わせられること。